第九回東アジア実学シンポジウム
「実心実学思想と国民文化の形成」開催のご案内
私共日本側の非力さにより、ほとんど知られていないと思いますが、一九九〇年から東アジア三国(韓国、中国、日本)で二年毎に順ぐりに東アジア実学シンポジウムを開催してまいりまして16年がたちました。第一回目は韓国の成均館大学の大東文化研究院が主催しました。今年は日本が開催しなければならぬ三回目に当り、通算で第九回の東アジア実学シンポとなります。ここにいう実学とは今日生きている実学ではなく、近代以前のもう一つの実学(儒学や朱子学の代名詞としての実学)です。
三国が交流を始めた当初は17世紀から19世紀(韓国では李朝後期、中国では明末清初から清末、日本では江戸時代)の思想を実学思想と名づけて、三国とも一致していましたが、数年後に中国側の主流派が11世紀の朱子学から実学思潮の時代とカウントし、韓国、日本との間に相違が出てきましたが、韓国、日本側はあくまでも近世(日本的名称ですが)の実学に限定して交流を続けてきました。
日本で開催する三回目の今回、主催者側の私たちは主題を"実心実学思想と国民文化の形成"としました。近代以前の実学を近代以後の実学と区別して実心実学と名付けることができます。実心を重んずるのが近代以前の実学の特徴です。儒学(朱子学)の自己意識として実学という言葉が登場するのは11世紀以後ですが、修己治人の学としての儒学の代名詞が実学なら、修己は実心に当り、治人が今日の実学に当ると考えますと、実心実学は孔子の時代から成立していると言えます。それを前提としつつ、私たちは17世紀以降の実心実学に高い評価を与えています。イエズス会の宣教師文化の洗礼を受けた実心実学、つまり地球はまるく、中国が世界の中心でないことを認識した、グローバルな視点を獲得した実心実学です。江戸時代の思想はありがたいことにこのような条件を初めから得ていました。問題は江戸時代の思想のとらえ方にあります。日本ではいまだに江戸時代の思想を朱子学、古学、国学、蘭学、折衷派、陽明学、独立派、仏教など学派や宗教の別で捉えているのではないかと思います。江戸時代の思想の多様さをとらえるには、これでまちがいないと言えます。
しかし、江戸時代の思想をトータルに捉える概念が、その豊かさと魅力をも込めた概念が、提示されていないと思います。そこで今回私たちは(近世の)「実心実学」思想という概念を提起し、江戸時代の思想をトータルにそう呼ぶことを提唱しようと思います。
私個人は西洋コンプレックスから出発して西洋に通用する科学的精神、批判的精神の持ち主を近代以前の日本と東アジアの中に発見したいという志向から、三浦梅園、洪大容(朝鮮)、王船山(中国)の勉強をしてまいりました。しかし一九八〇年代に入って地球の生態系が危いことにやっと気づき、17〜19世紀の近世を近代化の視点ではなく、その固有の価値で見る視点をもつに至りました。三浦梅園、洪大容らはすぐれた哲学者、科学者ですが、同時に誠の心、実心を大切にしている学者であることがわかってきました。近代以後の大工業時代になり競争の中で私たちは近代以前の人たちがもっていた実心(仁や誠の心、自然への畏敬)を失ってきています。地球の生態系を継持し、守るためには、近代以前の実心を重んずる態度を学ばなければならないと考えるようになりました。私たちは欲張りですから、近代現代が獲得したものを手放したくありません。自由や平等、人権、そして科学・技術の力も。しかし、失った実心をとりもどす必要があります。これらのバランスを考えると江戸時代の18世紀はとてもよいモデルを提供してくれます。不幸にも戦後、江戸時代の豊かな思想を学ぶ場を学校教育で失いました。私たちはこれからその場を回復しなければなりません。そのためには江戸時代の思想の魅力をつかむことです。その魅力とは実心を大切にしていたことです。しからば実心とは何か。皆さん、大いに考えようではありませんか。今回、二松學舎大学のCOE(日本漢文学研究)と東アジア学術総合研究所の支援を得て、下記のようなシンポジウムを開催します。皆さんのご参加を呼びかけます。
記
二松學舎大学東アジア学術総合研究所主催
連続国際シンポジウム、「東アジア文化研究の新思考」シンポジウムI
実心実学思想と国民文化の形成
荻生徂徠、石田梅岩、三浦梅園、そして朝鮮の李星湖、洪大容、中国の王船山など、近代を用意した思想でもなく、封建思想という視点でもない、実心(仁や誠)を重んじ、利用厚生に徹した実心実学という新しい視点を東アジア近世思想に提示する。
日時:10月14日(土)、15日(日)
会場:二松學舎大学 中洲記念講堂
http://www.nishogakusha-u.ac.jp/a7.htm
10月14日
10:15〜10:45 記念講演
近世日本における「実心実学」の系譜 源了圓
10:45〜12:30 三国基調講演
明末清初の実心実学の価値観 葛栄晋(中国)
東アジア実学研究の進むべき道 宋載邵(韓国)
実学における実心とは何か 小川晴久(日本)
(休憩)
13:30〜15:15 研究発表
実心実学と明清時代の啓蒙思潮 張践(中国人民大学)
18世紀朝鮮知識人と諸子百家 沈慶昊(高麗大学)
荻生徂徠における学びの形―何のための学問― 小島康敬(国際基督教大学)
(休憩)
15:30〜17:30 研究発表
孫奇逢の実心実学の骨格 王俊山(中国人民大学)
退渓李滉の心学的理学が茶山丁若繧フ道徳論形成に及ぼした影響 李光虎(延世大学)
石田梅岩の経済思想:心学の現代的意義 山崎益吉(高崎経済大学)
陳延敬の実理思想について 魏宗禹(山西大学)
10月15日 研究発表
洪大容の実心実学観 張炳漢(霊山大学)
朴趾源の実心実学 韓睿?(朝鮮大学)
二宮尊徳の実心実学思想と「国民」文化 古藤友子(国際基督教大学)
渡辺崋山の徳治主義と世界認識:
明治国家の喪失したもの 別所與一(愛知大学)
(休憩)
13:30〜14:30 研究発表
西洋教育啓蒙と実学教育変革:
−17〜18世紀における中国きょういくの初歩的変革 李志軍(中央財経大学)
西周における政治経済 森野榮一
(休憩)
14:45〜17:00 総合討論
共催:日本東アジア実学研究会、
二松學舎21世紀COEプログラム「日本漢文学研究の世界的拠点の構築」
協賛:韓国実学研究会、中国実学研究会
―――入場無料, 来聴歓迎、どうぞおいでください―――

題字は三浦梅園